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大阪地方裁判所 昭和50年(手ワ)845号 判決

原告 名神物産株式会社

右訴訟代理人弁護士 太田稔

同 鬼追明夫

同 吉田訓康

同 辛島宏

同 出水順

同 安木健

被告 住吉商事こと 蝶野憲二郎

主文

一、被告は原告に対し金一五五万円とこれに対する昭和五〇年三月二七日から完済まで年六分の割合による金員を支払え。

二、訴訟費用は被告の負担とする。

三、この判決は仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一、請求の趣旨

主文同旨

二、請求の趣旨に対する答弁

1.原告の請求を棄却する。

2.訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一、請求の原因

1.原告は別紙目録表示のとおりの記載がある約束手形一通(以下本件手形という)を所持している。

2.被告は右手形に振出人として記名押印した。

3.訴外株式会社住友銀行は満期の日に支払場所で支払担当者に支払のため右手形を呈示したが支払がなかった。

4.原告は右銀行に対し拒絶証書作成義務を免除して右手形を裏書譲渡したが、不渡により昭和五〇年三月二七日右銀行に手形金を支払い右手形を受戻した。

5.よって、原告は被告に対し、右手形金元本とこれに対する受戻の日から完済まで手形法所定率による法定利息金の支払を求める。

二、請求原因に対する答弁

請求原因事実は全て認める。

三、抗弁

1.本件手形は被告が自動車代金支払のため、受取人欄を白地にし、振出人として記名押印して保管中のところ訴外勝本良雄に窃取されたものであるから、交付行為を欠き被告には振出人としての責任はない。そして右勝本は無職であり、いわゆる手形のパクリ屋等をして遊んで生活している人物であり、原告が被告振出名義の手形を取得するのは本件手形が初めてであって振出人たる被告に対し容易に振出につき確認し得たから被告に調査、確認すべきであり、そのうえ右手形の裏書人である訴外小野工業株式会社の住所の記載は誤っており、名下に押印された印鑑も偽造されたものであったというのであるから、直接の相手方たる勝本に対しても振出および入手経路等について十分確認すべきところ、これをせず、漫然と勝本から右手形を受領したもので、上記事情につき悪意又は重大な過失によって右手形を取得したというべきであり、原告の本件手形金請求は失当である。

2.前述のとおり、被告が本件手形に記名押印した当時受取人欄は白地であり、後日某自動車会社名を記入する予定であった。ところが右手形の受取人欄には何人かにより上記訴外会社名が記入されており、白地補充権の濫用である。

四、抗弁に対する答弁及び反論

1.原告が本件手形を勝本より受領したことは認めるが、その他の抗弁事実は全て否認する。

2.仮に被告主張のとおり右手形が盗取されたものであって交付行為がなかったとしても、被告は本件手形につき流通におく意思で振出人として記名押印をしたものであるから、同手形を勝本から善意無過失で取得し、連続した裏書のある右手形の所持人である原告に対して手形上の責任を免れない。

第三証拠〈省略〉。

理由

一、請求原因事実は全て当事者間に争いがない。

二、被告は右手形につき訴外勝本良雄に盗取されたもので交付行為が欠缺している旨主張し、被告本人尋問の結果と弁論の全趣旨によれば被告は自家用車(日産ローレル)の購入代金支払の目的で手形用紙の振出人欄に記名印及び丸印を押捺し、収入印紙を貼りこれに消印をしてその他の手形要件は記入せずに同人の事務所内に保管していたこと、そして被告は右勝本の斡旋により中古のマイクロバスを購入し、その代金支払のため被告名義の約束手形五通(額面各一〇万円)を右事務所で勝本に交付したことがあり、その際被告が所用で席を立った間に右保管中の手形(本件手形)及び被告が昭和五〇年一月三〇日決済した約束手形を窃取されたものであることが認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

右によれば被告は流通におく意思で本件手形に振出人として記名押印して、白地手形として完成させたうえ保管中に第三者により窃取され、その意思によらずに流通におかれたことが認められる。

ところで流通におく意思で振出人として署名又は記名押印した者は盗難、紛失等によりその意思によらずに流通におかれた場合でも連続した裏書のある手形の所持人に対しては手形振出人としての責任を負担するというべきであるから被告は振出人として原告に対し本件手形金の支払義務がある。

三、そこで、原告の悪意ないしは重大な過失の有無について判断する。

原告代表者本人尋問の結果と弁論の全趣旨によると本件手形の受取人兼第一裏書人として記載された訴外小野工業株式会社の所在地は当時のものと異なり、記名印は同社が約一〇年前に廃止したもので、名下の印影も同社のものか否か必ずしも明らかでなく、更に原告は被告に右手形の振出を確認せずこれを取得したことが認められるけれどもそのことから直ちに右手形取得当時、原告が被告主張の事実を知っていたものと推測することはできず且つ重大な過失によって取得したものとはいえず、かえって、前掲証拠によれば右手形は原告から勝本に対する貸金(昭和四九年一二月当時合計五〇〇万円ないし六〇〇万円)の内金弁済として同人より交付を受けたものであり、当時同人は水道工事設備業を目的とする株式会社協和工業を経営しており、同人から受領した他の手形は決済されていることが認められ、右事実からすれば原告としてはむしろ本件手形取得の際、悪意又は重大な過失がなかったものと推認できる。

四、更に被告は白地補充権の濫用である旨主張するが、被告が本件手形に署名押印した事情は前述のとおりであり、被告としては特に白地部分の補充を留保する等特別の事情が認められない本件においては金額はじめその他の白地部分につき自らこれを補充し、ないしは第三者にその補充権を与える趣旨であったものと推測するのが相当であり、右主張は採用できない。

以上のとおり被告の抗弁はいずれも採用しない。

五、よって原告の被告に対する本訴請求は理由があるので正当として認容することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 田中由子)

〈以下省略〉

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